自炊秘話~「堕ちる包丁」編
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今週は筆者の自炊に関する秘話を語ろうと思う。かなり大袈裟に言えば、筆者は自炊で2回ほど命を落としそうになった経験があるのだ。第1回目の今日は「堕ちる包丁」編である。
筆者が下宿を始めたのは遅かった。大学院に入ってからである。自炊生活も同時にスタートしたのであるが、はっきり言って料理に関しては素人である。作れるものは殆どないし、基礎的な知識もない。母親が妙に古風で、「男子厨房に入るべからず」という教育だったから仕方がない。おかげで筆者に出来るのは焼くことと煮ることと電子レンジでチンすることくらいなのだ。ただのお湯でしゃぶしゃぶを楽しんだことなど数知れずだ。でも無茶苦茶ではあれ、料理をすること自体は結構おもしろくて好きではある。ただし筆者が料理を作っている姿は、どう見ても実験しているようにしか見えない。
さて、下宿を始めた矢先の出来事である。筆者は自分の好きなものが作れる自炊にワクワクしていた。といっても作れるものは殆どない。肉が好きな筆者は、ウインナーを焼くことくらいなら出来るだろうと考え、お弁当でお馴染みの「タコさんウインナー」を作ってみることにした。あれなら切れ目を入れて焼くだけで何とかなると考えたからである。
下宿を始めるにあたって、母親から1本の包丁を授かっていた。その秘伝の包丁を片手に、筆者はウインナーに挑みかかったのだ。
包丁をウインナーに当てて力を入れた瞬間のことだ。スカッ、という脱力感が筆者を襲った。あれ?と思って包丁を見た瞬間、恐ろしい光景が目に入った。
な、なんと、包丁の柄の部分がポッキリと折れてしまっていたのである。手には柄しか残っていない。刃はどこだ?と慌てて探すと、肝心の刃は筆者の足の甲めがけて一直線に落下しているところであった。
危ないっ! 決して運動神経の良くない筆者は、持てる最大の反射神経を使って逃げた。間一髪だった。刃の方は、筆者の足が置かれていた板張りの床に見事に突き刺さって止まっていた。艶かしい光を放ちながら。
…冷静に考えればたかが足であるから致命傷にはならないであろうが、筆者はその時は本当に死ぬかと思った。命あることを天の神様に感謝したが、確実に寿命は3日は縮んだ。
そういえば下宿の前に何故か筆者は生命保険に入らされた記憶がある。これは母親の陰謀だったのかもしれない。後日、母親に嫌味を言わせてもらったが、母親は「あーすまんすまん。昔のやったから柄が腐っててんなぁ。」と馬鹿笑いしただけであった。真相は未だに藪の中である。
この時筆者は3年後に再び自炊で命の危険に晒されるとは予想もしていなかったのである。
注目の次回「油立つ」編は明日を待て!