アパート悲惨物語 序章
|
筆者はスイスに来る前にアパート探しが困難であることだけは知っていた。見つけるのに1,2ヶ月かかることすらあるという。それまでホテル暮らしをエンジョイする御仁もおられるようだが、ハンサムでない上に金持ちでもない筆者にはとてもそのような余裕はない。そこでスイスの職場には、なるべく安いところで1,2ヶ月仮住まいできる部屋を押さえてもらえるように依頼しておいた。職場の秘書のおばさんはこの私の注文に「忠実に」応じてくれた。
日本からの出発に際し、あらかじめ仕事関係の書類等は直接職場に送りつけていた。これが結構高かった。生活用品も郵送するとまたまた高くつくに違いない。そこで筆者はありったけの生活用品をトランク、バッグに詰めて関西国際空港に向かった。これだけあれば、何も送ってもらわなくても済むくらいにだ。
「これから海外で生活だ! 観光の君たちとは格が違うんだぜ!」というオーラを放ちつつ筆者は颯爽と搭乗カウンターに向かった。トランクとバッグを預けると、グランドホステスのお姉さんの顔がみるみる曇った。
ん、どうしたのだ?と不安になる筆者に向かって、お姉さんはボソッと言った。
「重量オーバーですね・・・」
無知で無垢な筆者は重量制限があることなど思いもよらなかった。結局、筆者の航空運賃よりも高い追徴金を払って事なきを得た。
チューリッヒ国際空港に到着した筆者は、筆者よりも価値があると航空会社に認定された生活用品を抱えてタクシーに飛び乗った。秘書のおばさんが押さえていてくれた仮住まいの部屋に向かうために。
何故かボロボロの長屋の前で降ろされた。
聞けば、ここは大学の学生寮だという。学生でもない筆者でも空きがあれば短期で貸してくれるらしい。家賃はチューリッヒにしては激安の月5万円ほどである(それでも学生よりは高い)。秘書のおばさんは私の願いを「忠実に」聞き入れてくれたのだ。とにかくは感謝するしかない。
主である学生から荷物の重さにビックリされ、「これだけあれば南極でも生活できますね」などと嫌味を言われながら案内された部屋は4畳半1間ほどだった。シャワー(風呂桶はもちろんない)、トイレは共同である。しかも数が少ない。朝晩シャワーを浴びるほど清潔好きの筆者には若干痛い。もっとひどいのは洗濯環境だ。100人以上の学生が住んでいると推察されるのに、洗濯機はたった4台しかない。しかも使い方が粗いのか、そのうち1台か2台は必ず壊れている。
このような状況であるから、洗濯は戦争である。洗濯機の空きを狙って絶妙なタイミングで写真にある洗濯室に飛び込まねばならない。そのせいか、ここには暗黙のルールがあった。洗濯が終わっていれば、その洗濯物を無断で洗濯機から放り出してもいいのだ。それが例え女性物のセクシーランジェリーであろうが、である。
女性の下着フェチにはたまらない状況ではあろうが(現に筆者はTバックパンティなど無造作に放り出した)、筆者にその気はない。下着よりは断然女性自身の方が好きだ。秘書のおばさんと下着閲覧の機会には感謝しつつも、筆者はここからの早期の脱出を決意した。
しかし、この焦りが悲劇を生むことになった。
-以下、怒涛と波乱の次回に続く-