スイスドイツ語その2
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本ブログのタイトルにも使わせてもらった「Gruezi(Gruetti と表記される場合もあるが、スイスドイツ語はもともと話言葉なので、表記が曖昧な場合が多い)」はスイスドイツ語の挨拶の言葉である。極めて便利なことに、この挨拶は「おはよう、こんにちは、こんばんは」の全てを意味し、どの時間帯でも使える代物である。発音は「グリュエッツィ」。皆さんもチューリッヒに来られた際には連発するのをお勧めする。ただ極めて不便なことに、同じスイスドイツ語圏でも少し離れると語尾の発音が変わるのが難点ではあるが(地方によっては「グリュイーソッ!」などという)。
さてこの「グリュエッツィ」、本場スイスの人が発音すると「・・・ツィ!」くらいにしか聞こえない。よく聞こえて「・・ル・ツィ!」くらいである。これが筆者を陥れた罠だったのだ。
スイスドイツ語圏ではややこしいことに、フランス語の単語が使われることがある。同じ国にフランス語圏があるので当然かもしれないが、例えば前回述べた「散髪屋」というスイスドイツ語はフランス語と同じである。同様に、ありがとうを意味するフランス語の「Merci(メルシィ)」もスイスドイツ語圏でよく使われるのだ。いっぱしにこの情報を知っていたことが筆者を陥れた第2の罠だったのだ。
ここまで書くと勘のいい読者は気付かれたかもしれない。そう、筆者は何ヶ月もの間、「グリュエッツィ」と「メルシィ」を聞き間違えていたのだ。んな馬鹿な、全然違うではないか、とお思いの諸君に説明しよう。買い物などをすると、まず間違いなく店員さんから初めに「グリュエッツィ」と挨拶される。ところが初心者にはこれが「・・ル・ツィ!」にしか聞こえない。筆者はこの最初の「・・」の部分に想像で「メ」を補っていたのだ。さすれば「メルツィ!」になる。これでもまだ「メルシィ」とは語尾が違うではないかという諸君、ドイツ語では英語の「C」に当たる部分を「Z」と表記・発音するものなのだ。例えば英語の「セントラル」はドイツ語では「ツェントラル」だ。なまじドイツ語の知識があった私は、「メルシィ」がドイツ語訛りで「メルツィ」になったと判断したのである。時に有り余る知識は間違いを導くという好例だ。
これだけでは個人的な勘違いで、別に笑われることでもない。しかし私は、この店員さんの挨拶に、「なんでいきなり「ありがとう」と言われるのか。まだ買ってもいないのに。」と思いつつも、常に思いっきり大声で「メルツィ!」と返事をしていたのである。考えてもみてほしい。「こんにちは!」という店員さんに「ありがとう!」と大声で答える筆者、しかも妙なドイツ語訛りで・・・想像しただけで変人ではないか。
更に悪いことに、筆者は「何故店員さんは代金を払う前にフランス語で「ありがとう!」、払い終わると今度はドイツ語で「ありがとう!」というのか?」という疑問を深遠な文化の問題と勘違いし、職場の同僚などにこの疑問を聞きまわってしまったのである。もちろん同僚たちは煙に巻かれたような顔をしていた。中には親切に「ドイツ語とフランス語の「ありがとう」の使い分けなんて結構気分次第でいい加減なものよ」というアドバイスをくれた方もいたが、今思い出しても顔から火が出るくらいに恥ずかしい。
不思議なもので、1度この間違いに気付くや否や、あの挨拶が「グリュエッツィ」以外の何者にも聞こえなくなった。こんなに明瞭に聞こえるのに、聞き間違いをするやつがいるのか?と思うくらいである。真に深遠な問題は私の音声認識機構の中にあるのかもしれない。