スイスドイツ語
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・・・などと大上段に構えてはみたものの、筆者は語学が得意ではない。こちらへ来る前に現在のボスに面接されたのだが、「ドイツ語を勉強しておく必要があるか?」という問いに「英語ができれば大丈夫」と言われたのを真に受けて全くドイツ語は勉強してこなかったのである。大学の時の第2外国語はドイツ語であったものの、「君の発音はドイツ語向きだ!」と褒められたこと以外に記憶がない。忘却とは怖ろしいものである。ちなみに英語ができるわけでもないのだが。
スイスの言語事情については、「スイスにはドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語があり、・・・」などと紹介されているが、筆者から言わせると、これは間違いである。
正しくは、「スイスにはスイスドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語があり、・・・」とすべきである。
本場ドイツのドイツ語は「高地ドイツ語」と呼ばれるが、スイスのドイツ語は「スイスドイツ語」と呼ばれる全く別の言語だと考えた方がよい。訛りがひどい、というレベルなのかどうかは不明だが、ドイツ語のヒアリングがさっぱりの筆者にさえ容易に判別できるほどアクセントやイントネーションが全く違う。日本語でいえば、これが標準語と大阪弁、或いは標準語と東北や沖縄の御老人の言葉くらい違うのかどうかは定かではないが、なにせ「病院」や「散髪屋」といった重要な単語すら高地ドイツ語とスイスドイツ語では違うのである。「散髪屋」が生活のうえで重要な単語であるかどうかはさておき。
ブラジルから来た語学の得意な同僚は高地ドイツ語はペラペラであるが、スイスドイツ語はさっぱり聞き取れないという。ドイツのテレビ局でもスイス人のインタビューを放送するときは必ず字幕が出る。さらに怖ろしいのは、スイスのドイツ語圏内でも地域によってスイスドイツ語が全く違うという事実である。チューリッヒと首都ベルンは電車で1時間ほどの近さだが、ベルンの人はチューリッヒの人のスイスドイツ語が聞き取れないという。スイスは地方の権力の極めて強い連邦国家ではあるが(就労ビザも国ではなくて州が発行する)、ここまでくると徹底している。
ではスイス人にとってドイツ語の標準語とは何であろうか?高地ドイツ語であろうか?しかし高地ドイツ語をスイス人が理解できるかどうかは極めて疑問である。現にスイスのテレビ局ではアナウンサーがスイスドイツ語でニュースを読んでいる。天下のNHKはもとより、民放でも関西ローカルの番組で大阪弁でニュースを読んでいるアナウンサーはいまい。更にはこんな事実もある。筆者は以前「この品物はどこに売っているのか?」とスーパーのおじさんに尋ねたことがある。筆者にしては最大限に流暢な高地ドイツ語で、だ。しかも前述のように筆者の発音は大学の教官のお墨付きである。しかし、スーパーのおじさんから返ってきた答えは
「すまん、俺は英語は理解できない」
だった。これらの事実からしても、全てのスイス人が高地ドイツ語を理解できないのは絶対に、ほぼ、多分、もしかして、ひょっとすると確実である。
スイスドイツ語の習得は極めて困難である。スイスにも語学学校はあるが、教えているのは高地ドイツ語である。大阪の日本語学校で大阪弁を教えているわけではないのと同じ理由だろう。これはある意味で気が楽である。スイスではドイツ語を覚えられなくても、まぁ仕方がない、と諦めることができ、しかも英語は皆ネイティブではないから、少々変な英語でも馬鹿にされることもない。考えてみれば語学下手には天国のような国かもしれない。語学が苦手な方はスイスへ留学されよ^^。